散策~道・河川編:立会川緑道③~
昨日に引き続き、立会川を紹介します。
昨日の続き、田向公園の中を進み、反対側に差し掛かったところから
(※ 下記の文中の橋の名前は、「みどりの散歩道」の冊子の地図の記載を参考にしています。現地に橋の跡や銘盤などはありません)
↑田向公園の入口まで進みました。
車道と歩道が見え、正面のビルを挟んで車道は右へ、歩道は左へ曲がっています。歩道には車の進入を拒む柵がされているため、この歩道の下が川であると推測できます。
↑あやめ橋付近。
歩道に沿ってビルの左へ進みました。まもなく目黒通りです。
↑目黒通りとの交差
目黒通りにたどり着きました。通りを挟んだ反対側にやはり桜並木が見えます。
目黒通りは交通量が非常に多く、どの車もそこそこスピードを上げて走ってきます。むやみに車道に出ないようにしましょう。横断歩道は少し離れた所にありますのでそちらを渡ります。
↑青葉橋付近
目黒通りを渡った反対側です。桜並木が再び表れ、通りの左側に歩道と共に続きます。歩道にはブロックが敷かれ、一見して車道との違いが判ります。
一車線しか無い道路にわざわざ歩道がなぜあるの?という疑問も、その下に川の流れがあるんだと思えば確かに納得がいきます。
↑車道に再び現れたフタ。これも川の流れと関係があるかはわかりません。が、整備等のために、地下に流れる川へのアプローチとして入口が用意されているのかもしれません。
↑田向橋付近
源流である碑文谷公園へのこのまま真っ直ぐ進み、東急東横線の手前で右に折れるようです。桜並木が続きますが、さっきまでと違う種類です。「みどりの散歩道」の冊子の地図にも「ヤマザクラの並木」と記載されていますので、その種類なのでしょう。写真は↓こちら。
↑殿山橋付近
直進し、東急東横線の高架が近づいてきました。碑文谷公園へは奥の高架まで行かないで一つ手前のこの交差点で右に曲がると近道です。川の流れもここで右に曲がっているためか、先には歩道が無くなっています。
↓右に曲がると二車線の道路の左側に歩道があります。この歩道はここから碑文谷公園の手前までしか無いため、歩道の下に川の流れがあると思います。奥に見える高架橋をくぐった右手が碑文谷公園です。
↑池の下橋付近
直進し、このまま碑文谷公園にたどりつくと思ったら、あらら歩道が左に曲がっています。歩道はそのまま東横線の高架をくぐる形になっていました。
↑西の前橋付近
東横線の高架をくぐって今来たところを振り返ったとき、足元にコンクリートの土台らしきものがあるのに気づきました。よく見ると反対側にも同じ土台があるようです。
その時には、なんだろう?ってとりあえず写真を撮っておきましたが、歩道を挟むように設置されたコンクリートの土台と二つの窪み、そして真上に走る東横線と考えたとき、もしかして、東横線が高架化される前の地上を走っていた頃、川をまたぐ橋の土台だったんじゃないか?っておもいました。詳しいことは分からないのですが、1960年頃に高架工事が行われていたようなので、川も暗渠化されていなかったのかもしれません。
↑公園橋付近
源流の碑文谷池がある碑文谷公園にたどり着きました。
2回に渡った連載もここまで。ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございました。
目黒区を流れる川はその多くが暗渠化されて、川の姿を見せるのは目黒川などの一部に限られています(目黒川も池尻から上流は暗渠化されています)。東京は多摩川・荒川など大きな川がある一方、昔は街の至る所に小川や用水なども多くあったそうです。
人が生きるためには欠かせない水は、これら川を利用する人や魚、鳥や動物などにも貴重な資源であったはずですが、いつしか公害の原因となってしまい、沿線の人たちを悩ませる存在になり、そして、それらはコンクリートによってふさがれてしまいました。
今回はたまたま地図に残された橋の名前を見つけることができました。でも、いつしか地図からそれら名前が消え、沿線の人たちの生活の中からも忘れ去られていくのだとしたら、それは少し寂しい事だと思います。それは時間の問題でしょうか?それとも、また、新しい展開を迎えるのでしょうか。
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